ガンと家族と医者と私

末期がん(肺がん)になった父のがん治療やガンの症状の推移、また家族との軌跡を綴っています。 また病院での生活、家族の心の変化や闘病中に使用したグッズの紹介などをしています。

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患者と家族、気持ちのすれ違い

【2008年6月 退院後の予後と気持ちのすれ違い】

6月1日に父が退院してきてからは、
病院で食事をするよりも積極的に食事を取るようになりました。
入院当初は口から入れる食事よりも、栄養剤を点滴で摂取する事を好んでいて、
家族がいくら「食事は大切だから」と言っても聞く耳を持ってくれませんでした。

あまりの食事の取らなさ加減に、主治医の先生に相談・お願いをして、
今度は先生から父へ食事を取るようにお願いをしてもらいました。

「点滴ばっかりやっててもダメだよ。口から食事を取るほうが、体力は早く回復するんだからね。」

その一言でコロッと変わり、翌日からは食事を食べるようになりました。
父にとっては先生の言う事は絶対なんです。
悲しい事に家族の言葉は、一度や二度言ったぐらいでは素直に受け取ってくれない。
全く困ったもんです。

当然の事ながら、そのやり取りは自宅でも有るわけです。
ひとえに食事と言っても、出来るだけバランスの取れた、栄養価の高いものを食べて欲しいし、
たとえば食事で補いきれない栄養素は、サプリメントなんかを飲んでもらいたかったりします。

私も食べ物や飲み物については色々周りの人から聞いた情報や
ネットで調べた事、あるいは漢方の先生から聞いたことなどを基に、
プロポリスだとかアガリスクだとかレイシだとかノニだとか
色々買ったりしてみました。
どれも、ガンに効くかどうかは解らない。
解らないけど、人の体質は人それぞれだから、
もしかすると何かが良いように働いてくれるかもしれない!

母と私は抗がん剤治療だけでは奇跡は起きないとどこかで思っていたので、
そういった代替治療について、あれやこれやと調べたりしていました。

しかし・・・・・

父本人は、全くそれを望んでいませんでした。
これは、本人の性格が有ると思うのですが、そもそも得体も知れない物を飲む事を非常に嫌がり
また、そういうことにお金と時間を費やす事を、極度に嫌がりました。
第一、野菜ジュースですら飲まないタイプの父が、そう簡単に受け入れるわけがありません。

案の定、プロポリスやレイシを勧めて見ましたが
「そんなに体に良いものならば、俺はいいからお前たちが飲め!」
・・・・・・撃沈

最初は意地を張っているだけかも?っと思いなおし、
何度か事有るごとに父に勧めてみたところ、応えはやっぱりNO
父がこういう物を拒否するたびに、母は肩を落とすばかり。
娘としては、母の気持ちを汲んでパフォーマンスでもいいから
ちょっとは口にしてくれれば良いのにとも思ったりするんですがね~

父が嫌がる事を無理やり押し付けられない
でも、母が奇跡を信じて何かに取り組みたい気持ちもわかる。
娘としてどう対応して良いのやら、模索する日々が続きました。

そんな有るとき、友人から透明な液体のゼオライトという物の話を伺う機会がありました。
ゼオライトは鉱物の一種で、色々な物に使われています。
アメリカからの個人輸入になってしまうようですが、
そのゼオライトがガンに効くという逸話が有ると聞き、
私はこれを購入して見ることにしました。

正直、この物質がガンに直接的に効くか否かは全くわかりません。
でも、父に内緒で摂取してもらい、尚且つ母が満足できるものはこれしかないな・・・
っという判断からでした。

数日後送られてきた物は、目薬の容器ぐらいの大きさで、中身は少し半透明の液体。
水の中に入れても、それが入ったことは目で確認できないぐらいです。

と、いう事で・・・・・・
抗がん剤をやらない時には、通称「目薬」を利用する事にしました。
母は最初こそこれを入れることにやや罪悪感があったものの、
次第に入れることに一種の「喜び」を感じるようにまでなりました。
(無論、父に飲んでもらう前に家族でも試しました。無味無臭です。)

「目薬を入れるようになってからは、食事が旺盛になった!」
「この薬、効いているみたいよ!」


父は知らずに摂取しているし、
母は父の体調が良くなってきたのはゼオライトのおかげだと思っているし。
まぁ、これで良しとしようではありませんか。

補足ではありますが、代替治療に関しては
殆どの病院や医師は消極的です。
臨床試験も行っていない、データも証拠も根拠も薄い物に対しては
ドクターは冷ややかです。
私と母は先生に代替治療の併用についても相談していましたが、
高いお金を払って、効果が期待できない事にかけるのは無駄なのではないか
おそらくやっても期待は持てませんよ。

と言われてしまいました。

ドクターのいう事はごもっともな意見でも有りますが、
人が病気になるメカニズムが完全に解明されていない以上、
それが治るメカニズムもまた、完全ではないのです。

そういう視点から考えればおのずと、やっている事が「無駄」という事は無く、
何かのキッカケ・タイミング・物・考え方
そんな些細な事で、体調が変化する事だって有り得なくも無いと思うのです。
よく、「末期がんが治った!」「腫瘍が消えた!」という体験談を聞いたりしますが、
私はあながちウソとは思えません。
その患者本人が病気と向き合い、普段の生活や環境を変える事により
奇跡と呼ばれる事だって十分に起こりうる事だと思っています。

とは言えども、私の父のように頑なに
代替治療や健康補助食品に対して嫌がる患者も居ます。
患者本人が嫌がる行為を、
家族が強引に進めてしまうのもまた問題があると思います。
代替医療等を行う際は、
実際それを受ける患者本人と家族が十分に話し合う事も必要。
家族が勘違いをしてはならないのは、
治療を受けるのは患者本人だという事に尽きると思います。
[ 2009/10/22 13:09 ] 闘病日記 | TB(0) | CM(-)

初めての退院

【2008年6月1日】

入院してから2コースの抗がん剤治療が終了し、
呼吸も入院したときから比べものにならないほど良くなり、
鎮痛剤のおかげで大分からだも楽になってきたところで
退院することになりました。

父はもう、退院したくてしたくて仕方が無かったようですが、
体力が少し回復するのを待っての退院。
この日は珍しく弟も休みだったので、
家族総出での病院にお出迎えとなりました。

が・・・・・・

退院の時間は10時以降ならいつでもと
看護師さんから伝えていただいていたにもかかわらず、
退院が待ちきれない父は朝からガンガン母の携帯電話を呼び出す。

「おまえら何やってるんだ、早く迎えに来い!!」

ったく、病人だからっていい気になるなよ!!って叫びながらも、
よほど退院が待ちきれなかったのだとも思う。
仕方が無いので9時半ぐらいに行った。

それでも「なんだよ、随分遅いじゃないか~!」
と、オカンムリ。どこまでもガンコなオヤジなのです。
(他人だったら、ただじゃおなかい!)
ま、急にしおらしくされても、調子くるっちゃうんだけどさ。

退院中に飲む薬を処方していただき、
荷物をつめて駐車場へ。
自宅について、自分の居場所につくと
「あぁ、ホッとしたな。」
ポツリと一言。

家族全員、ひょっとすると本人も強気では有ったけれど
もう自宅に帰ってこられないことも、頭をかすめたにちがいないけど、
でもこうしてまた、自分の家に帰ってこられたこと。
母の顔にも、久しぶりの希望が差し込んだ、なんとも言えない笑顔。
私もホッとした。

病院ではずっと食べられなかったおさしみ
その日は家族みんなで食べた。
父の食欲も戻りつつあり、
「兎に角太らないとな~」と言って、食べられるときに、食べられるだけ食べる。
入院中は、飲み物を一口飲むのも辛かったのに、
どんぶり飯一杯をぺろりと平らげる姿はすざまじい。

言うまでも無く、自宅にもどるや否やタバコを吸い始めた。
でも、私たちにはバレないように。
(正確には、本人だけがそう思っているだけで、皆知っているが)

母は父が自宅に戻ってくると、タバコを吸うと思っていたから、
ライターや灰皿をすべて隠したり捨てたりしていたけれど
父も母の目を盗んでコンビニにいったり、
車の中で吸って帰ってきたり
人が居る目の前では吸ってないものの、
どこかでは吸っている。

なんだか高校生が、校内でかくれてタバコを吸っているような
そんな状況。

でも、だんだんこういう状況にも慣れてきて、
むしろ少し楽しい気持ちにもなってきたり。
慣れって怖いわ~

父が自宅に居る間は、永遠とつづく事なのでした。

[ 2009/08/27 22:53 ] 闘病日記 | TB(0) | CM(1)

第二回 肺がんの抗がん剤治療

【2008年5月 第二回 抗がん剤治療】

第一回目の抗がん剤治療から約1ヶ月。
二度目の治療が始まりました。

今回も前回と同じ抗がん剤投与となりました。
■抗がん剤の種類:CDDP(シスプラチン)+VP-16(エトポシド)
■投与サイクル:4週間を1サイクルとして、2コース(今回が2サイクル目)
■投与した日:5月20日~22日の3日間

※前回の投与記録はこちら

抗がん剤の量などは、前回の投与時に貧血が酷かった為、若干少なめの量で調節して投与したとの事。

【術後の経過】
抗がん剤投与後2、3日は倦怠感と食欲不振があったものの、徐々に食欲も取り戻し、食べられるものも増えてきて体力の回復が早かった。
ただ、右側の顔が少し剥くんでしまったが、徐々にそれも解消へと向かっていきました。
でも、回復が早いだけに、本人が早くたばこを吸いたいという気持ちが復活するのも早く、
この事で個室で大喧嘩をまたもや繰り広げてしまった・・・・。

父からすると、タバコを吸えるという事は
唯一の生きがいであり、目標であり、生きている証であるのだろうと思うのだけど、
母はタバコを吸っている事で、進行が早くなる事を懸念し、なによりこれが元で肺がんになったと疑わず、その両方の板ばさみになって口ぞえをしているのが私ということで。
口うるさい娘を追い出そうと、父も必死なのです。
父の回復が早いのは非常にありがたいのですが、折角抗がん剤が効いてくれているのにタバコを辞めないという行為が、家族として受け入れられず、また信じられない気持ちでした。

この気持ちのすれ違いはしばらく続いて行きました。







[ 2009/06/29 20:30 ] 闘病日記 | TB(0) | CM(-)

投与後の経過と新たな家族の悩み②(食事について)

【2008年5月中旬】

初回の抗がん剤投与から食欲が戻るまで、
かなり時間がかかりました。
それは、単に抗がん剤の副作用である倦怠感という事だけではなく、
病院にいて治療をしているというその状況が生み出している部分
かなり大きかったと思います。

抗がん剤を投与し、その後食事が取れなかった時にしてもらっていた点滴
肺がんを患ったために、食べ物が上手い具合に飲み込めなかったり
水分を飲めなかったりが続いた事で、
口から摂取するという事自体がすっかり嫌になってしまったようで、
「点滴で栄養がついているから、食べなくても平気」
などと言い出し始めました。

治療をした後で、いかに体力や免疫力を回復させるかが、今後の闘病生活には
かかせないキーポイントだと、いろいろな本を読んで私自身が感じた重要な事なのに、
父が食に対する興味を捨ててしまってきている事は、非常にまずいな・・・・
と感じて、それからの家族の悩みは、いかにして食事を食べてもらうか
の話題に変化していきました。

まず、食事は重要なんだという認識を持ってもらうため、
主治医の先生にお願いをして、「点滴だけでは体力は回復できない」
という趣旨の事を父に伝えていただけるよう、お願いをしました。
父は自分の主治医の先生をとても信頼していましたので、
先生から「口からも食べなければダメですよ」
といわれた事で、急に点滴を辞めて口から食事を摂取するよう努めるなりました。
家族が幾ら言ってもダメだったのに、
この効果はかなり偉大だな・・・・改めて実感しました。

次に、飲み物については、
普通の水などはむせてしまって上手く飲み込めないという日々が続いたので、
全てゼリー状の物にしました。
食欲が無く、固形物が食べられないときは、ヴィダーinゼリーとかカロリーメイトとか、
とにかくあらゆる種類のゼリーの栄養補助食品を購入し、
常に冷蔵庫へしまっておきました。
また、スープなどはトロミをつければ食べられる為、トロミをつけられる粉末
を用意し、必要に応じて使用しました。

それから、
毎日食べたいものが変わる父のリクエストに答えて、
病室にせっせと持って行きました。
少しでも多く口から摂取してもらい、体力を早く回復してもらえればという思いで。
時にメロンだったり、お稲荷さんだったり、焼き鳥だったり・・・・
この要求に応えるのは、結構体力要りましたね(笑)

その甲斐あってか、口から物を食べるようになってから、
ガリガリに痩せてしまった体が少しずつ体重が増え、
それと同時に食欲も増加してきました!
やっぱり、食物のチカラって凄いです。

体力が徐々に回復の兆しが見えてきたので、
主治医の先生から外出許可が出ました。
それは5月15日の事で、入院から約半月の事でした。
家族としては、家に戻れないかもしれないと思っていたので
とっても嬉しく、そして父もまた同じような思いだったのかもしれません。
この日の外出は自宅に戻り、
お風呂にゆっくり入ってテレビを見て、
何気ない普通の生活だったという事でした。

この「何気ない生活」が出きるという事に
もっと自分も日々の感謝を忘れないようにしなければいけないな~
ホッとした顔をしていた父を見ながら思いました。


[ 2009/06/15 17:22 ] 闘病日記 | TB(0) | CM(-)

投与後の経過と新たな家族の悩み①(タバコについて)

【2008年5月 投与後の経過と新たな家族の悩み】

シスプラチンとラステッド投与後、
血小板と白血球の減少の為に輸血を2度行いましたが、
その後食欲が出てきて少しずつ食べられるようになって来たので、徐々に体力が回復。
日々の倦怠感は残っているものの、痛み止めの薬も効いているので
徐々に口数も増えてきて顔色もよくなってきました。

入院当初は医者からもかなり厳しい事を言われていたので、
かなり落胆していたのですが、
抗がん剤が思いのほか効いたので、ホッとしていました。

そんな家族の気持ちもつかの間、
新たな家族の悩みが発生しました。
それは「たばこ」です。

父はヘビースモーカーというよりも、チェーンスモーカーに近いぐらいの
たばこ好き。
「酒はやめられないが、タバコはやめられない」
という、自称どっちも辞められない派を公言していたぐらいですから。
ガンの肝臓転移で、肝臓の機能がすっかり弱ってしまっている父は
辞めるつもりは無かったけれど、体が一切お酒を受け付けなくなってしまったため、
全くお酒を飲みたいとか、口にしたいといわなくなりました。

しかし、タバコは別のようで、病院にいてもたばこを吸いたがりました。
家族としては、言わば半分はたばこが原因で、
今回のようになってしまったと思っている、
憎い「悪の元凶」と信じてやまない訳ですが、
父としては、タバコを辞めた事が一度も無く、
むしろこの入院生活でタバコをたたれている事に、
苛立ちを募らせていたようです。

この時はまだ個室に入院していたので、個室の中にトイレがありまして、
実は隠れて個室のトイレでタバコを吸ったりしていたようなのです。(いけない事ですが)
こんな事が病院に知れたら大変だと思ってかなりあわてました。
この事が発覚後は、タバコを辞めさせたいという家族の思いと、
父の是が非でも吸いたいという思いが衝突し、
病室内にて大喧嘩になったことが何度かありました。

父は母に「消臭剤を買って来い」と言います。
トイレで吸った後にニオイが残らないようにするためと、考えていたようですが、
そんなことしたって、ニオイは残るわけで・・・。
食べ物の好き嫌いの多い父に向かって
「これを食べたら消臭剤を買ってきても良い」
と、交換条件を出すと、父はそっぽを向いて
「もういい、そんなんならもう頼まないからいいし、早く帰ってくれ。」
そんな押し問答です。

困り果てて、担当医に相談をしてみるものの、
「正直、今タバコを辞めたところで病気が治るという事でもないですし、
むしろその楽しみを取り上げてしまう事でのストレスを考えるとね~」

という回答。ドクターの言う事も分からないでもないのですが、
家族としてはなんとか辞められる手立ては無いものか・・・と施行錯誤の日々が始まりました。

まさか、ガンの治療でこういう事に頭を悩ませなければならなかったとは
全く想像していませんでした。

そりゃ、お医者さんの言うとおり、
辞めたところでどうだ?って感じですが、
家族はそれを見ているのが辛いのです。
それに、抗がん剤が効いてくれて、
もしかしたら軌跡が起きるかもしれないという
数パーセントの望みは捨てていないのです。

そのためには、これ以上悪くならないように、
タバコを辞めてもらおうと必死になるのが
家族の気持ちじゃないでしょうか?

その後のやりとりで、
「病室でタバコを吸ったところを見つかったら、個室を追い出されるんだよ!」
という脅しで、病室での喫煙はなんとか収まりました。
喫煙できない分、禁煙パイポを大量に購入し、病室内で食事以外の時は
いつもパイポを吸っていました。

タバコのやり取りはこんな事で納まるわけも無く、今後も果てなく続いていくのですが、
肺がんで時折酸素をマスクから吸入しているのに、
よくもまぁタバコを吸えるもんだと、そういう意味では本当に
見上げた根性だと敵ながら天晴れな気分ではありました。


[ 2009/06/10 13:14 ] 闘病日記 | TB(0) | CM(-)
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