ガンと家族と医者と私

末期がん(肺がん)になった父のがん治療やガンの症状の推移、また家族との軌跡を綴っています。 また病院での生活、家族の心の変化や闘病中に使用したグッズの紹介などをしています。

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第4~6回 肺がんの抗がん剤治療 [2010/8月~10月]

2010年8月~10月までの間に
ほぼ1ヶ月おきのシスプラチン抗がん剤治療を行いました。

4回目の抗がん剤治療を終えた辺りから、
小細胞がんの数がレントゲンで目に見える位に
小さくなっていました。

当初、肺のレントゲンを見た時には、
右の肺は白く一面に雲がかかっているような
キリがかかっているようなそんな状態だったので
素人の私がみても
「絶対怪しい」
とわかるような感じでしたが、
その酷い時から比べれば数段良くなったように思えました。

実際、抗がん剤は効いてくれていて、
最初の頃はゼイゼイと息苦しかったのも随分と呼吸が楽になり、
肺に空気を送り易くする為の胸部に貼る器官を拡張するための薬も
しばらくは使わなくても全く問題ない感じでした。

抗がん剤の効果が実感出来た事も有り、
父も絶望感から少し解放されたのか明るくなり
最初の入院時から比べれば食欲も増してふくよかになってきました。

人は、ほんの少しの希望で
こんなに明るく元気になれるんだな

父を見ていてそう感じました。
その様子を見ている母もまた嬉しそうでした。

元気になると、病院にいても食事はおいしく無いし
毎日テレビばかり見ていても飽きてしまう。
だから、抗がん剤の治療が終わると一日も早く退院したがりました。
内心、退院したい一番の理由は喫煙だったと思うのですが・・・

この頃は退院して自宅で過ごす時間も大分長くなってきました。
自宅に居る時は、殆ど昼間寝て夜起きている生活になっていました。
どうしても釣りに行きたいらしく
夜なべして釣りの仕掛けを作っていて
母は寝たがっていたけれどもウトウトしながら起きている。
早く寝た方が良いと行っても言う事聞かない。
しかも、日中母が疲れて寝ている好きに
車に行っては喫煙している始末。
もう、この頃になると、いちいち「喫煙しちゃダメ!早く寝ないとダメ!栄養付けなきゃダメ!」
って、言わなくなっていた。
だって散々言ってきたし、いやという程喧嘩してきたから。

でも有る意味、ここまで我を通せる父は凄いなと思う。
家族になに言われようとも、自分の意志でやりたいようにやる。

今となって思えば、夜眠らなかったのにはもちろん釣りをやりたいから
がんばって仕掛けを作っていたのも有るけれども、
夜の闇が怖かったんじゃないだろうか。
と、思う。
母もそれを承知していたからこそ
そんなわがまま三昧な父に付き合っていたんだと。



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[ 2011/06/02 23:44 ] 闘病日記 | TB(0) | CM(-)
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