ガンと家族と医者と私

末期がん(肺がん)になった父のがん治療やガンの症状の推移、また家族との軌跡を綴っています。 また病院での生活、家族の心の変化や闘病中に使用したグッズの紹介などをしています。

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通常の病棟と緩和病棟との連携について

最近ではサザンの桑田さんに食道がんが発見されて手術するなど
相変わらず「がん」のニュースは絶えません。

発見する器具や技術はかなり向上しているとはいえ
病気としては残念な事にとても身近な存在で有るという事は否定できません。


今年に入ってから、知り合いの母親(65歳前後)が乳がんが原発で
骨や肝臓などに転移してしまい入院を余儀なくされています。
今はお腹の辺りに腹水が溜まっており、
それが胃を圧迫しているのでご飯が殆ど食べられない状態です。

入院している病院には緩和病棟も併設して有るところで
今は主治医より「抗がん剤がもう使えないので、緩和病棟へ行く準備を進めたほうが良い」
と言われています。

普通の治療と緩和病棟で施される処方との大きな違いは
がんをやっつける治療をするかどうか
という点です。
緩和治療ではがんの進行を止めることはしません。
基本的には傷みをコントロールしながら
日常生活を送れるようにする
とうのが大前提にあります。

私が自分の父の時にも直面した事ではありますが、
多くの人達は普通の病棟と緩和病棟で行われる処方の違いを理解していません。
病院側もまた、その役割を明確に理解し、説明できる人は限られています。

「延命処置はしない」

という緩和治療のその言葉だけを抜粋して取ると、
家族やその本人は「治る見込みが無いから見放された。」
と思ってしまいます。

実際に病院側としては抗がん剤や放射線あるいは手術などが出来ない患者を
ずっと一般病棟に寝せておくわけにはいかないので
やる事が無くなれば、緩和病棟へ移ってもらう
というニュアンスで、進めるケースが殆どだと思います。


この、なにか病院側の都合で区分けをされている
緩和治療と一般治療については
個人的に違和感を感じてしまいます。
本来ならば、緩和医療チームと一般病棟のチームでもっと連携を取ってもらい
抗がん剤や放射線などの治療が施せないときは
疼痛コントロールのために一旦は緩和病棟へ行くが、
体力や状況が許せば一般病棟へ戻り、また治療を行う。

こういうスタイルにしてもらえれば、
緩和治療に対して患者や家族の心構えが変わってくるし、
精神的な負担もどれだけ楽になるかと思うのですが・・・
実際は「一般は一般。緩和は緩和」
として、あまり連携をとっていない病院が殆どです。

もっと柔軟に病院側が対処してくれるような
システム作りになって行く事を心から願います。


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[ 2010/07/30 11:54 ] 病院検索・リンク | TB(0) | CM(-)

抗がん剤【シスプラチン】の副作用について

抗がん剤について、家族や本人が一番心配する事、
それは効き目が有るかどうかも去ることながら
やっぱり副作用の事だと思います。

抗がん剤の名前だけ聞いても
成分を聞いても
患者も家族もそれがどれほどの物なのかは分かりません。

抗がん剤の投与する期間、サイクルなどの説明を聞いた後は
大体「こんな事が有るかもしれません」という、脅しのような注意書きを説明し
そこに同意してサインをしなければいけません。

注意書きは主に
抗がん剤をした時に起こりうる可能性の有る
副作用の一覧がツラツラと書かれています。

これだけを読んでしまうと、
「抗がん剤なんてやめて~っ!!」って叫びたくなっちゃいますが、結局の所
投与してみないと、どの症状がどれだけ強くでるかは
ドクターにも分からない・・・・
という事です。

でも、抗がん剤はがん細胞を殺し
抗がん剤の多くは正常な細胞も同時に攻撃してしまうので
症状がゼロ
のパーセンテージの方が低いとも言えます。


父は最初の6回まで
シスプラチンという白金質の抗がん剤を投与しまいた。
この抗がん剤自体はかなり強いランクの物らしく
投与して翌々日ぐらいには血小板と赤血球の数値が極端に低下
輸血してしのぎました。

あとは、抗がん剤特有の倦怠感
これはシスプラチンに限らず、どの抗がん剤を投与しても感じる事が多いみたいです。

吐き気については父の場合はほぼ症状がゼロに近かったですが、
抗がん剤を投与している最中に、吐き気止めの製剤も投与していたと聞いています。

それと抜け毛についてですが、
シスプラチンの投与では、ほぼ完全に抜け落ちてしまいました
抜け毛は投与して直ぐには症状が出ず、
5日~一週間ぐらいは抜け始めるまでに時間がかかりました。

最初、抗がん剤の投与が終わって直ぐは、全く髪の毛が抜けていなかったので、
ひょっとしたら父は抜けないのかな?って思っていたんですが、
その思いは甘く、抜け落ちるときは一度のブラシ、シャンプーで
ゴソ ゴソ 
と、まとめて抜けてしまう為、父も大変ショックを受けていたようです。
(私にはそんなこと言ってませんでしたが、
母にはなにか心細い事を言っていたよう。)
抜け始めると早く、2、3日でほぼ抜け落ちてしまいます。

でも、全ての抗がん剤で抜けるわけではなく、
シスプラチンなどで抜け落ちてしまっても
抗がん剤の投与をしていないとまた毛は生えてきます。
(一生はえないというわけではないです。)

すごく不思議だったんですけど、
一度抗がん剤ですっかり抜け落ちてしまった後、
シスプラチンから別の抗がん剤にスイッチし、
白金質の抗がん剤投与をやめてからは
黒い、丈夫な毛が生えてきました。
(父は元々白髪頭だったんですよ!もうビックリです!)

髪の毛が無くなってからは暫く病院内に売られていたニット帽を被ってましたが、
夏場などはチクチクして痛いし暑いので、
ラーメン屋さんなんかがよくやっている
バンダナ帽が非常に役に立ち、また父もえらく気に入ってました。
※バンダナキャップについてはこちらのブログにも少し触れています★

抗がん剤の副作用は出方がまちまちで
父がそうだったからといって一概に他の人もそうだと言い切れませんが
少し参考になればと既述いたしました。
[ 2010/07/15 19:27 ] 闘病日記 | TB(0) | CM(-)

早期発見は運なのか?

先日、友人のお母様がガンの為に入院をしました。
現在はお腹に水が溜まっている為、思うように食事が取れないとの事。

私も父の肺がんでの闘病生活を経験している為
その状況を聞けばご家族が今どんな思いでどんな状況なのかが大体想像できます。

診断としては末期ということで、乳がんが転移し、
今は骨や肝臓などにも散らばっているという事でした。

その事の経緯を友人に聞いてみると、
悲しい事実がそこにはありました。


昨年、実は乳がんの早期発見で手術をし、一旦病巣は摘出されたようでした。
その後、定期的な術後経過も通院で見てもらっていたそうです。

半年後、なんとなく毎日体調が優れなかったようですが
主治医はその時々の症状に対しての対処療法を行い
根本的な理由を突き止めるというまではしなかったようです。

若い人ならば自分で違う病院を受診し直そうか?とも判断できますが
60歳も過ぎてくれば、「先生が言ってるから大丈夫。」
って、きっと思うんじゃないでしょうか。
度重なる不調を口にしても、
「そんなに耐えられないって程の症状でもないんでしょ?」
などのやり取りが、暫く続いたようです。

次第に、腹水が溜まり始めました。
この頃にはすっかり体調も悪化。でも「痛い」という感覚は無かったよう。
いよいよしっかりと症状が現れてきたので
先生も本格的にPETやCT、血液検査などを行い、
それでも「原因が分からない」としていたようです。

薬を処方されるも、その薬があわずもどしてしまい
先生に訴えるも受け入れられず。
ある日先生は「娘さんが居るならば一度病院へよこしてください。」
と、説明も無しに唐突に言われる。
「でも、娘は遠くに住んでいて、忙しいんです。」
などとやり取りを数ヶ月繰り返し
ようやく事の一部始終を娘に電話で伝える。

母「なんか、先生が娘呼べとか言うんだけど・・・」
娘「体調、思わしくないの?」
母「少し気分が優れないけれど、痛さとかは感じないのだけれど。」

このままではらちが明かないので、一度病院に行って見ると
「お母さんはガンです。転移しているようです。抗がん剤の治療が必要です」

そんな事は母から一言も聞かされていなかったのに!!
あまりの突然の先生の言葉。
乳がんの切除からの経緯を説明してもらうも、どうも納得がいかない。

「セカンドオピニオン受けたいんですが。」
と申し出ると「それは無駄だから、この病院にいた方がいい」
と、これまた驚くべき回答。

このままでは、どんな治療をされるか分からないと判断した娘は
別の病院に紹介状無しでアポを取り、母と一緒に受診。
「出来ればもう今日から入院した方がいい。でも、検査データが知りたいので
前の病院で貰ってきてください。」と即答。

以前にかかっていた病院に連絡し、検査データを貰いたいと告げると拒否。

拒否された事を新しい病院の先生に伝えると、その病院の先生が文章を書いてくださり
それを持って再度前の病院に行くと、しぶしぶデータをくれた。

後日、新しい病院の先生に「もっと早く分からないものなのでしょうか?」
と話すと「いや、多分もっと早い段階で分かっていたんじゃないかな・・・」
それ以上、多くは語らなかったものの、
こんなに酷い状態で見つかる前に、打つ手があったんじゃないかという事は否めません。

1年に1度しか病院に行かないような状態ではなく
しかも乳がんの手術をしていて、一番その予後を知っていたはずの病院に
何かとても裏切られたような、
やり場の無い怒りがこみ上げてくる・・・・

っと、友人は悔しそうに涙を流しながら話してくれました。

「早期発見は大切です」

それはみんな良く分かっている事だけど、
病院のレベル、先生のレベルによって
本当は進行を防ぐ事が出来たかもしれないものを
見過ごされてしまうという事実。

これを「運」という言葉だけで片付けてしまって良いのか?

何となく、病院側の怠慢が見え隠れするような出来事。

こういう事が繰り返される事によって
患者と病院側との間に、限りない悪循環が繰り広げられる。

どうしたら、もっと平均的な治療・検診を受けることが出来るようになるのか・・・
とても考えさせられる出来事でした。


[ 2010/07/06 21:38 ] 管理人ハッピーecoの日記 | TB(0) | CM(-)
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